イントロダクション
目次
本編

INTRODUCTION ─

週刊誌の記者として事件現場を歩いてきました。
数多くの現場を経験しているうちに、自分はなぜ取材をしているのだろうという壁にぶち当たりました。
事件取材の意義について、新聞やテレビのお行儀のよい報道機関は「再犯・再発防止」と声高に叫ぶでしょう。
しかし、事件を報じることで、本当に犯罪を減らすことができるのでしょうか。それは取材者側の自分勝手な建前にすぎません。
私が取材する理由を問われたら、迷うことなくこう答えます。
〝人に対する興味(他人への好奇心)〟だと。人はどんなに綺麗に着飾っていようと、時に愚かで、時に醜い。だからこそ、愛おしくもあるのです。
事件記者の仕事とは、そうした人間たちの欲望を丸裸にして受け止める仕事です。
取材をするたびに思うことは「あの瞬間、この人にもし守るべき人がいれば……」「誰かにこんな言葉を掛けられていたら……」ということでした。
こんな些細なことで、もしかしたらその事件は起こらなかったのかもしれません。逆に言えば、成り行きによって、誰でも犯罪者になりうるということです。
そこから私は「人の人生を左右するのは、案外、日常生活の中の何気ないピロートークだったりするのかもしれない」ということに思い至りました。
事件前、容疑者はベッドで何を語ったのか――。
ところが、そうした密室の会話は刑事裁判ですら、明らかになることはありません。その余白を埋めるのが、小説の役割なのかもしれません。
「夜枕物語」は、実際の事件をヒントにしたフィクションです。
これから読者の皆さまは、事件当事者の人生を辿ります。
「こんな人がいるんだ」
「こんな人生があるんだ」
たくさんの事件の〝真相〟を知ることによって、それぞれの物語の登場人物に愛おしさを覚えてもらえたら、明日からの日常生活でもちょっとだけ他人に優しくなれるかもしれません。

夜枕の絵本 Season 1 バベル -④

 

「お前さぁ、ずっと思ってたんだけど、本当は田舎モンでしょ?」

 

ワンルームマンションの寝室。シングルベッドの縁に座った男が、早苗に向かってぶっきらぼうに言う。

 

「何それ」

 

早苗がかぶりを振ると、男は早苗の瞳の底を覗き込んだ。

 

「だって、本当に都会に住んでいる人だったら『麻布で待ち合わせ』なんて言わないもん。麻布っていう住所ないからさ。西麻布、東麻布、麻布十番、麻布台――どこなんだって話だよ。そういうのに憧れるのって、典型的な田舎モンだよね」

 

男は熊沢に抱かれた帰り、六本木の交差点で声かけてきたのだ。

 

「俺、こういう高飛車っぽい子、タイプなんすよー」
「私、高飛車なの?」
「そう見えるね。でも、どんな女だってフェラチオもするし、うんこもするわけじゃん」

 

10代の頃は、中高生に大人気のアイドルグループを多数束ねるシャイニング事務所に所属していたという。脱力系の雰囲気に惹かれ、後日会うことになった。すぐに身体を重ねたのだが、唯一想定外だったのがセックスだった。細い指から繰り出される性戯は今まで経験したことのないくらい巧みで、細い身体いっぱいに力が迸っている。早苗は正常位で男の肩に爪を当てると、泣きじゃくりながら何度もイッた。

 

「お前さ、あんまりセックスしたことないでしょ? でも、最近めちゃくちゃ濡れるよね」
「馬鹿じゃないの」

 

早苗はこんな男を相手にして、膣が熱く感じていることが悔しかった。出会ってから1ヵ月。早苗はこの関係が永遠に続けば良いと願った。

 

〈たくさんのプラセンタより一度の恋〉
〈人生とは死ぬまでの暇つぶしだよと貴男はいうけれど、ノーノー。死後の罪滅ぼしです〉
〈約束は守るためにあるの? ノー。守るための口実に過ぎないの〉

 

あの男を見返すため、金持ち男に抱かれ続ける私。自分が本当に変わるのは、案外身近な男だったりする。スーパーエリートニートの私。

 

〈ちょうど1年前くらいに、わたくしが理想とするハイスペ男子は合コンのような出会いの場所にはいないことに気づいた。合コンに行かないと決めてから、自然と出会えるようになった。いまいる場所から逃げなさい〉

 

そんな早苗には、悩みがあった。交際クラブで愛人業を始めてから生理が一切来なくなったのだ。今まで様々な健康食品を試したが、生理不順は治らなかった。
深夜、男が自宅に帰ると、早苗はネットサーフィンを始めた。昨夜からの余韻で身体が熱を持っている。 
 

「『安全』コピーブランド『精巧』」

 

そんなキーワードを打ち込むと、たくさんの掲示板が出てくる。早苗はフェンディのバッグを注文すると、後日それを撮影し、ツイッターにアップした。 

 

〈妹の誕生日プレゼントにフェンディの新作をチョイス。「25歳くらいまでは男の人に買ってもらうものよ」という言葉を添えて〉

 

その日、早苗は自宅に大量に届いた中国製のブランド品を抱きしめて布団に入った。