イントロダクション
目次
本編

INTRODUCTION ─

週刊誌の記者として事件現場を歩いてきました。
数多くの現場を経験しているうちに、自分はなぜ取材をしているのだろうという壁にぶち当たりました。
事件取材の意義について、新聞やテレビのお行儀のよい報道機関は「再犯・再発防止」と声高に叫ぶでしょう。
しかし、事件を報じることで、本当に犯罪を減らすことができるのでしょうか。それは取材者側の自分勝手な建前にすぎません。
私が取材する理由を問われたら、迷うことなくこう答えます。
〝人に対する興味(他人への好奇心)〟だと。人はどんなに綺麗に着飾っていようと、時に愚かで、時に醜い。だからこそ、愛おしくもあるのです。
事件記者の仕事とは、そうした人間たちの欲望を丸裸にして受け止める仕事です。
取材をするたびに思うことは「あの瞬間、この人にもし守るべき人がいれば……」「誰かにこんな言葉を掛けられていたら……」ということでした。
こんな些細なことで、もしかしたらその事件は起こらなかったのかもしれません。逆に言えば、成り行きによって、誰でも犯罪者になりうるということです。
そこから私は「人の人生を左右するのは、案外、日常生活の中の何気ないピロートークだったりするのかもしれない」ということに思い至りました。
事件前、容疑者はベッドで何を語ったのか――。
ところが、そうした密室の会話は刑事裁判ですら、明らかになることはありません。その余白を埋めるのが、小説の役割なのかもしれません。
「夜枕物語」は、実際の事件をヒントにしたフィクションです。
これから読者の皆さまは、事件当事者の人生を辿ります。
「こんな人がいるんだ」
「こんな人生があるんだ」
たくさんの事件の〝真相〟を知ることによって、それぞれの物語の登場人物に愛おしさを覚えてもらえたら、明日からの日常生活でもちょっとだけ他人に優しくなれるかもしれません。

夜枕の絵本 Season 3 チェリーブロッサム -②

 

龍彦がベッドに寝転びながら左脇を指さしていう。いつもの腕枕の合図だった。前回お泊まりが実現できなかった罪滅ぼしなのか、今日の龍彦は頗る(すこぶ)気が利く。歌舞伎町のラブホテル「川城」は界隈ではとりわけ古い昭和の建造物だが、いつも龍彦はこのホテルを指定してくる。岩間から滝の流れる薄暗いエントランスは、まるで縁日のお化け屋敷のよう。入室時に必ずフロント嬢がうまい棒を手渡してくる。フロント嬢といっても40代半ばくらいだが、いつも満面の笑みで「サンキュー」と言ってお菓子を受け取る龍彦を見ていると、もしかしたら龍彦は彼女とエッチをしたことがあるのかもしれないと疑心暗鬼になるのだった。

 

「俺の地元の友達にさぁ、10代の頃、シャイニング事務所に入ってた男がいてさー」

 

龍彦が腕枕の位置をずらしながらいう。

 

「シャイニングに入れるなんて凄いじゃん。アイドルやってたんだ」

 

未有が龍彦の腋毛に鼻を埋(うず)めながら応える。

 

「でも、俺、そいつとライバルになっちゃったんだよね」
「どういうこと?」
「うちの店でホストやるって言い始めてさぁ。でも、そんなに甘い世界じゃねえからやめとけって言ったんだけどさ」

 

歌舞伎町のホスト業界で元シャイニングの肩書は充分通用するだろう。未有は彼のことをもっと知りたいと思った。それを察したかのように龍彦が口を尖らせていう。

 

「何だよ。ミューちゃん、あいつと遊びたいの?」
「何言ってるの。龍彦、もしかしてあたしに嫉妬してるんだ」

 

未有はその言葉ひとつで、ここ数日の鬱屈した気持ちがさらに晴れていくのを感じた。

 

「お前さぁ、この前のこと根に持ってるんだよな? 玲子のことを。だからって指名を替えるなんてのはタブーだからな」
「そんなことないもん。あたしの担当は龍彦だし。浮気なんてしないもんね」

 

男に嫉妬されることがあたしの至上の喜びだなんて。未有は自分自身が可笑しくなり、龍彦の肩を思い切り嚙みながら笑った。

 

 

翌月の週末、「歌舞伎町ヨーデル」の店内はいつも以上に活気に満ちていた。内勤スタッフに案内されたテーブルに腰を下ろすと、龍彦と共に顎の尖った若いホストが現れ、真向かいに座った。

 

「こいつ、祥(しょう)太郎(たろう)ね。この前言ったじゃん。地元の友達の元シャイニングで――」

 

間髪を容れず、男が口を挟む。

 

「ミューさんね、噂は聞いてますよ。俺、新人ホストの祥太郎ね。今日デビューだから」

 

菊川(きくかわ)祥太郎は、胸元が空いたVネックのロングTシャツを着こなしていた。髪型は頭頂部が短く、襟足が長いウルフヘア。ホスト特有のスジ盛りにも余念がなく、とても新人ホストには見えない。未有が言葉を失っていると、隣に座った龍彦が腰を抱きながら助け舟を出した。

 

「おい、ミューちゃん、照れちゃってんじゃん。その態度、腹立つわ。今日俺と2人でお前の家に行くんじゃないの?」

 

もちろん、そんな約束はしていなかったが、未有は龍彦が相変わらず嫉妬してくれていることに幸せを感じ、頬が火照っていくのを感じた。今日は朝まで龍彦を独占できるかもしれない。一瞬、桜花と桜太のことが頭に浮かんだが、それを打ち消すように未有は言った。

 

「あたしの担当、龍彦だから。これからもずーっと龍彦と一緒だから。祥太郎くん、そういうことだからよろしくね」

 

そう言うと、祥太郎は「さすが先輩」といたずらっぽく龍彦の肩をバチンと叩いた。