イントロダクション
目次
本編

INTRODUCTION ─

週刊誌の記者として事件現場を歩いてきました。
数多くの現場を経験しているうちに、自分はなぜ取材をしているのだろうという壁にぶち当たりました。
事件取材の意義について、新聞やテレビのお行儀のよい報道機関は「再犯・再発防止」と声高に叫ぶでしょう。
しかし、事件を報じることで、本当に犯罪を減らすことができるのでしょうか。それは取材者側の自分勝手な建前にすぎません。
私が取材する理由を問われたら、迷うことなくこう答えます。
〝人に対する興味(他人への好奇心)〟だと。人はどんなに綺麗に着飾っていようと、時に愚かで、時に醜い。だからこそ、愛おしくもあるのです。
事件記者の仕事とは、そうした人間たちの欲望を丸裸にして受け止める仕事です。
取材をするたびに思うことは「あの瞬間、この人にもし守るべき人がいれば……」「誰かにこんな言葉を掛けられていたら……」ということでした。
こんな些細なことで、もしかしたらその事件は起こらなかったのかもしれません。逆に言えば、成り行きによって、誰でも犯罪者になりうるということです。
そこから私は「人の人生を左右するのは、案外、日常生活の中の何気ないピロートークだったりするのかもしれない」ということに思い至りました。
事件前、容疑者はベッドで何を語ったのか――。
ところが、そうした密室の会話は刑事裁判ですら、明らかになることはありません。その余白を埋めるのが、小説の役割なのかもしれません。
「夜枕物語」は、実際の事件をヒントにしたフィクションです。
これから読者の皆さまは、事件当事者の人生を辿ります。
「こんな人がいるんだ」
「こんな人生があるんだ」
たくさんの事件の〝真相〟を知ることによって、それぞれの物語の登場人物に愛おしさを覚えてもらえたら、明日からの日常生活でもちょっとだけ他人に優しくなれるかもしれません。

CONTENTS ─

夜枕の絵本 Season 3 チェリーブロッサム -④

 

「同じ日に『歌舞伎町ヨーデル』には行かない。もし行くときは、お互いに事前連絡をすること」

 

〝ヨーデル協定〟を提案してきたのは玲子のほうだった。その目的は、同じホストを指名する者同士として嫉妬心を解消し、円滑に指名ホストと交遊するため。未有はプライドの高そうな玲子がそのような提案をすること自体が意外で、案外良い奴かもしれないと感心した。〝ヨーデル協定〟はヨーデルに限ったもので、時に〝遠征〟と称し、2人で他店を偵察に行くこともあった。

 

ホストクラブに行けば、玲子はいつでもモテたし、その艶美な立ち居振る舞いは必ず周囲のホストの耳目を集めた。他店のホストに誘われれば、密かに一夜を共にすることもあった。その翌日、前夜の収穫を報告し合い、「龍彦には言ったら殺されるね」と笑い飛ばす――そんな秘密の共有がさらに2人の仲を深めた。

 

玲子と菊川祥太郎の交際を未有が知ったのは〝ヨーデル協定〟を締結した半年後のことだった。ホストクラブは永久指名が原則で、担当替えは業界でタブーとされている。それなのに、どうして龍彦から祥太郎に乗り換えることができたのか。〝ヨーデル協定〟を提案してきたのは、こっそり祥太郎を手中に収めるためだったのか。未有がその点を龍彦に問うても「知らねえよ」と至極不機嫌になるばかりだった。

 

「ねぇ。私、ホス通いを止めようかなって思ってるんだけど。ホス狂いって馬鹿みたい」

 

深夜11時過ぎ、未有が「プチキャット」の待機所を出ると、玲子が気だるそうな様子で語りかけてきた。

 

「祥太郎のこと好きになっちゃったし、彼もホスト辞めるって言ってくれてるし。まぁ、それがケジメってもんでしょ」

 

未有にとっては願ってもない事態だった。玲子という最大のライバルさえいなければ、寂寥感で枕を濡らす夜はなくなる。永遠に龍彦の元に通いつめれば恋は成就するのだ。たしかに「歌舞伎町ヨーデル」でデビュー後の祥太郎は〝ホス狂い〟が集まる専用掲示板「ホスラブ」で〝枕営業ホスト〟の汚名を着せられていた。

 

なんでも、先輩ホストの客をこっそりアフターに誘い、肉体関係を迫るというのだ。だが、永久指名の縛りを受け、一切売上に結びつかないため、指名順位は一向に下位のまま。それでも祥太郎は女性客を日々ホテルに誘い、甘言を吐いて誘惑しているという。そう考えると、きっと玲子も一夜を共にした女性客の一人に過ぎないのではないか。そんな下世話な妄想が未有の脳内に湧き上がった。

 

「ねえ、玲子。本当は祥太郎に遊ばれてるんじゃないの?」
「でもね、祥太郎は私と付き合って変わったの。あの人はきっと次の商売のことを見据えてる。この前、彼の紹介で赤城会長っていう人と知り合ったんだけど、私さぁ、なんか人生観が変わっちゃった」

 

そう言うと、玲子は1枚の名刺を取り出した。「赤城エージェンシー 赤城静子」とある。

 

「祥太郎は芸能関係の人に紹介されて知り合ったらしいんだけど、大使館にもヤバいくらい顔が利くし、人脈が半端ないの。とにかく凄い人だった。人生をハッピーにするためのイベントを仕掛けている人でさぁ。スケールが凄いっていうか」

 

玲子がここまで熱心に「ヤバい」「半端ない」「凄い」と人を褒め倒すのは聞いたことがなかった。港区にビルを所有していること、大臣からヤクザまで携帯一本で話が出来ること、自宅には歴史の教科書に登場する絵画があること、九州の実家はふぐ料理屋で歴代総理が訪れること――それらは未有にとって目眩(めまい)がするような話ばかりだった。

 

「ねぇ、今度遊びに行ってみようよ。赤城会長、若い子と話したいって言ってたから歓迎してくれるよ。私たちの仕事のことも知ってるし。応援してくれると思うんだよね」