2019.04.09

老舗文具ブランドとのコラボ秘話

ノートと私の物語。 第3話

profile
鈴木 セリーナ

大分県出身
幼少期から英才教育を受けお嬢様として育つ。 16歳の頃、親への反発心からドロップアウト。
年齢を隠して、地元クラブのホステスとなる。
20歳の頃、「銀座のクラブのママになりたい」と夢見て上京。
当時、テレビなどで有名だった銀座高級クラブ「F」で働く。
相手の懐に飛び込むトークと物怖じしない性格が受け、たちまち人気ホステスとなる。
その後、銀座老舗クラブ「江川」に引き抜かれ、売上ナンバーワンに。
銀座ホステスを辞めてからは、主に文房具を扱う企画会社とタレントキャスティング会社を起業。
ビジネスの世界でも成功を収める。
マルチクリエイティブプロデューサー。
経済界からマスコミ業界、政界まで、様々な業界のトップクラスと交友が深いことでも知られる。
現在は、出身地である大分の街おこしにも携わっている。

 

 

伝統工芸品といえるくらい、素晴らしい職人技を駆使したツバメノート。
斜めに書く人のためのまっすぐノート」を作り、「グッドデザイン賞」を受賞し、さあこの後何をしようか、という時に、ふと私は思ったのです。
「今度はツバメノートと、自分の好きなノートを作りたい」と。

 

 

 

 

この時期、私は「土下座コンドーム」を通じてザリガニワークスというキャラクターデザイン事務所と商品企画をしていました。元々この会社、私が好きな「コレジャナイロボ」を開発している企業だったので、いつか何かでコラボレーションしたい、と考えていたんです。そうして、またいつもの調子でザリガニワークスには「ツバメノートという会社が友達で……」と伝え、ツバメノートには「ザリガニワークスが友達で」と伝えて交渉を始めました。
ザリガニワークスはデザインの会社ですから、ツバメノートについてももちろん知っていました。そしてこの話を聞いて「あの素晴らしいノートの!」とすぐに反応をしてくれて、やりたいと言ってくれました。一方のツバメノートも、「斜めに書く人のためのまっすぐノート」の時から私が言うことに関して何か突拍子もなくて面白いね、と言ってくれていました。そして「普通のツバメノートが“これノート”だとしたら、“これじゃないノート”って面白いね」と、賛成してくれました。

 

けれど、やはりこの時も前回と同じ、最低ロットは3000冊。そして、今回は私のために作ったノートですから、必要なのは現状自分の分1冊だけ……。販路もないですし、3000冊ともなると、大きいスーツケースサイズくらいの段ボールを何個も積み上げるような量になるよ、と当時の専務から言われました。その時の私はノートについてまだまだ素人。最初「自宅に置くしかないかなあ」と思っていて、それを専務に伝えると「自宅だと生活臭がつくから絶対にやめた方がいいよ」と言われまして(笑)。そうこうしているうちに、「仕方ない、うちの在庫を置いているところで預かってあげるよ」と言ってくださったんです。

 

こうして様々な方の協力を得て、私の思いつきで出来上がった「コレジャナイノート」。こだわった「コレジャナイ」ポイントは、以下の3つ。

 

一つ目は、通常のツバメノートがツバメフールス紙を使用しているのに対し、コレジャナイノートはOKフールス紙を使用していること(ツバメノートのファンはこの紙にこだわって購入することも多いのですが)。
二つ目は、表紙のデザイン。こちらはグッドデザイン賞を取ったデザインを差し置いて、ザリガニワークスのデザイナーが手書きをした「コレジャナイ」ものにしました。
三つ目は、中の紙が罫線なしの無地なこと。これは私が無地のノートが使いやすく大好きだからという理由です。

 

もちろん、すぐに何百冊・何千冊とはけるようなノートではありませんでしたが、自分の好きなキャラクターの、自分の好きな体裁のノートが誕生した。これだけで、幸せという感情でいっぱいでした。けれど何せ3000冊もあります。ただ黙っていても売れないので、ザリガニワークスの紹介で色々なお店に置いてもらったり、当時オープンしたばかりの表参道の「文房具カフェ」でも取り扱ってもらったりもしました。

 

――今も文房具を作っていて思います。商品を作って売ることは大切です。けれど私の場合、“作っている人が楽しいかどうか”をまず大切にします。なぜなら、作り手の“楽しい”が伝わるからこそ、その気持ちが連鎖して物が売れると思うからです。それは今回のこのノートに限らず、このあと私が作っていく商品すべてにいえることです。

 

(続)
 

 

 

取材・文/まちおこし

撮影/八坂悠司