2019.04.30

―金なし、コネなし。はじまりは1冊の会社四季報から―

元銀座No.1ホステスの飛び込み営業記録

 

鈴木セリーナ、大分県大分市出身。
10代で地元・大分のホステスとなり、20歳で上京。銀座のホステスとして働きはじめ、瞬くうちに売り上げNo.1の座を勝ち取った。
若い頃から働いていたため、学歴は当時、中卒だった。
そんな彼女は現在、キャスティング会社と文房具会社を営む経営者だ――。
ホステスからビジネスウーマンへ。
学歴もコネもなかった彼女がどうやって一流企業と仕事を共にするに至ったのか。その秘密に迫る。

 

Scene4

大手小売りチェーン・イトーヨーカドーと仕事をするまでの道のり
vol.1 「Dream5」のイトーヨーカドーイベントを訪れる

鈴木セリーナとイトーヨーカドーの当時の常務・B氏が出会ったのは、「Dream5」のイベント会場でのことだった。まだ「Dream5」は駆け出しのダンス&ボーカルユニットだったが、当時イトーヨーカドーがライブツアースポンサー契約をしていた大物アーティストのオープニングアクトに抜擢されたのを契機にB氏の目に留まり、イトーヨーカドー店頭でイベントをさせてもらう関係となっていたのだった。そして、この日もそんなイベントの一つがあるからと、「Dream5」のリーダー・重本ことりと信頼関係にあった鈴木が招待されていたのである。

 

まず、鈴木が重本と関係を深めていった経緯はこうである。当時、「Dream5」との初の仕事である大分県のデパート「トキハ」とのプロジェクトに成功した鈴木は、継続して「Dream5」ともっと仕事ができないか、と考えていた。そこで事務所を通じて提案したのが“重本と文房具を作りたい”という企画であった。というのも、たまたま重本が描いたイラストを見かけた時、そこに光る何かを感じた鈴木は、以来、「今度は彼女にノートのデザインをしてもらえないだろうか」と、構想を練っていたのだった。そうして文房具作りに興味を持った重本と何度か打ち合わせを重ねるうちに、プライベートでも親交を深めていった、というわけである。

 

しかし、鈴木は当時『斜めに書く人のためのまっすぐノート』『コレジャナイノート』『テレビ局ノート』と、「ツバメノート」を通していくつもノートを作ってはいたものの、相変わらず販売ルートを持っていなかった。そこで、重本と今後についての打ち合わせをしている時に、閃いたのである。「今、重本さんがイベントをさせてもらっているイトーヨーカドーで売るのはどうだろうか?」と。

 

もちろん、これは彼女の思い付きだ。けれど、重本のイベントに行けば何か繋がるかもしれない――。そんな1%の可能性にかけ、イベント会場である幕張に足を運んだのだった。
“会場で誰よりも楽しそうにしているのがB氏です”
そう重本から聞いていた通り、鈴木は一目でB氏を見つけることができた。

 

「初めまして、私、重本ことりさんとお友達の鈴木セリーナと申します。今日は重本さんからご招待いただいて、まいりました」
「そうなんだ。ウェルカムだよ!ところで鈴木さんは、何をしている人なの?」

 

聞いていた通り、明るい人である。鈴木は続けた。
「私は文房具屋です。重本さんたちのマネージャー(=A氏)とお友達ということもあって、「Dream5」のキャスティングもしています」
「そうか。とはいえうちは文房具は足りているから、いらないよ!」
「そうですよね、お店にたくさん文房具はありますからね。ことりさんからBさんはとてもバイタリティのある方だと聞いていたので、お会いしてみたくて…」

 

――彼女の言葉通り、その日、B氏とは挨拶を交わすだけにとどまることとなる。イトーヨーカドーは言わずと知れた大手チェーン。普通に考えれば当たり前のことだろう。けれど、結局その後、全国週刊誌で根も葉もない噂を書かれるほど、彼女とイトーヨーカドー・B氏とのプロジェクトは大きなものとなる。

 

まだこの頃は実績もなく、何者か理解されていなかったであろう、鈴木セリーナ。彼女の飛び込み営業の本質は、このイトーヨーカドーとの取り組みを境に、大きく発展することとなる。

 

(続)

 

 

 

取材・文/まちおこし