2019.05.21

SPECIAL TALKS

Vol.1

「子供がいるから働けない」は、ウソです。

元銀座No.1ホステスで、現在は実業家として様々な事業を展開している鈴木セリーナと、ものまね芸人・みかんの対談連載がスタート! 第1回目のテーマは、お二人の出会いのきっかけ、そして、みかんさんの下積み時代について。プライベートで親交のあるというお二人の息の合った対談をお楽しみください。

文=島野美穂(清談社)
写真=宗廣暁美

PROFILE

みかん
高校卒業と同時に上京し、ものまねタレントとしてデビューを果たす。子供の頃、好きで始めたものまねを、学生時代から本格的に磨きを掛けて、現在では50以上のレパートリーを持つ。ジャンルは歌マネからアニメキャラまで幅広く、その完成度は玄人(くろうと)筋を唸らせている。先日第二子の妊娠を発表。ものまねママタレントとして、今後もマルチな活躍が期待されている。
鈴木セリーナ
大分県出身。幼少期から英才教育を受けお嬢様として育つ。16歳の頃、親への反発心からドロップアウト。年齢を隠して、地元クラブのホステスとなる。20歳の頃、「銀座のクラブのママになりたい」と夢見て上京。当時、テレビで有名だった銀座高級クラブ「F」で働く。相手の懐に飛び込むトークと物怖じしない性格が受け、たちまち人気ホステスとなる。その後、銀座老舗クラブ「江川」に引き抜かれ、売上ナンバーワンに。銀座ホステスを辞めてからは、主に文房具を扱う企画会社とタレントのキャスティング会社を起業。マルチクリエイティブプロデューサーとして、ビジネスの世界でも成功を収める。実業界から政界、マスコミ業界まで、様々な業界のトップクラスと親交が深いことでも知られる。

SPECIAL TALKS / Vol.1

唐揚げが飛んできた下積み時代

お二人の出会いについて、教えてください。

出会ったのは、一昨年ですね。
『ものまねグランプリ』という番組でお会いしたのが、はじめましてでした。
私は芸人として出演する側にいたんですが、
そのとき、まったくものまね知識のない人が、スタジオにいたんですよ!

私ですね(笑)。
そのときは、キャスティングの仕事で、ちょうどスタジオにいたんです。
ただ、私はみかんさんとお会いしたのは、もっと前だと思ってるんですよ。

え、そうなんですか?

実は、数年前に、イトーヨーカドーのイベントでお会いしてるんです。
みかんちゃんは、そのとき、鈴木奈々ちゃんのものまねをしていました。
あと、やはり数年前の
『東京ガールズコレクション』でも、お会いしています。

そうでしたか。あのとき、お会いしてたんですね。

ちゃんとご挨拶をしたのが、一昨年の
『ものまねグランプリ』だったんですね。セリーナさんの第一印象はどうでしたか?

すごく品のある人だなと思いました。
お会いしてすぐにお食事に行きましょうって誘っていただいたんですよ。
私は普段、食事とか誘われても、あまり積極的に行こうと思わないんです。
気の合わない人と食事に行くくらいなら、
一人でパチンコ行ったほうが楽しいですし(笑)。
でも、セリーナさんとは、ご飯に行きたいと思いました。
自分の時間を割いてでも、この人のお話を聞いてみたいなと思ったんです。

嬉しい。私の第一印象を聞くと、大体みんな、怪しい人って言うんですよ。

いや、本当はそう思ってますけどね。
きっとみんな怪しいって言ってるだろうから、あえて盛りました。

(笑)。

でもね、本当の話、私、働く女性が好きなんです。
私の母がずっと働いている人で、それを見て育ってきたからかな。
私自身、ずっと動いていたいと思うタイプで、専業主婦は向いてないんです。
でも働いている女性の中でも、セリーナさんは特殊。
定期的に会って、刺激をもらいたい存在です。

では、セリーナさんから見て、みかんさんの第一印象はどうでしたか?

もう、見たままの人です。キレイで美しい。

やめなさい(笑)。

でも本当にね、なんで、ものまね芸人をされているんだろうって思ったんです。
普通に女優さんとか、タレントさんとかでいけるビジュアルじゃないですか。

自分としてはいけてるつもりですよ。ただ、オファーがないだけで。

(笑)。
以前、ものまねの練習をしているところを見せていただいたんですけど、
間のとり方とか、声の出し方とか、それこそ、まるで女優さんが演技の練習をしているようでした。

そうですね。ものまね芸は、“演じる”という部分が、もちろんあります。
見て、研究して、聞くことがすごく大事。「こういう間なんだな」、
「こういう喋り方なんだな」というのは、自分なりに研究しています。
大先輩であるコロッケさんがおっしゃっていましたが、ものまねって
1秒で笑いがとれるんですよ。
漫才やコントのように、フリやオチがあるものではないんです。

たしかに、そうですね。見た瞬間、面白さや、感動があります。

そう。お客さんの反応が一瞬でわかるんです。
それでお客さんが笑ってくれるのを見るのが好き。
だから、私はものまね芸人をしているんです。

前にお食事をしたとき、売れる前のお話をされていましたよね。
下積み時代はどのくらいの期間あったんですか?

6〜7年ですね。
21歳からはじめて、今15年目なので、半分くらいは下積み時代です。

テレビに出る前は、どのような活動をされていたんですか?

最初は事務所にも入っていなくて、全国をドサ回りしてました。
ショーパブに行って、ネタをやったり、MCをしたり。
あとは、先輩のおこぼれの仕事をもらうこともありました。
仕事をしながら、少しずつネタの数を増やしていきました。

駆け出しの頃の思い出を教えてください。

駆け出しの頃、ショーパブで営業をしてるときのことです。
ヤジが飛んできたり、罵声を浴びせられたりっていうことがありました。

罵声って、どういうこと言われるんですか?

似てないとか、わかんないとか。
握手回りしても、足で握手されたりとかありましたね。

ひどいですね。

一番悲惨だったのは、結婚式の余興の仕事。
登場したらすぐに、おしぼりとか唐揚げが飛んできました。
酔っ払った新郎側のお友達、三人くらいに羽交い締めにされて、
ビール瓶を口に突っ込まれて、体を触られました。
でも私は事務所に入っていないので、誰も守ってくれる人がいない。
すごく悔しかったです。
でも当時は、お客さんにそうさせてしまう自分が悪いんだろうなと思っていました。

そのとき、私がその場にいたらよかったのに。
あなたたちの様なパーティー慣れしていない庶民が、
ごくたまにパーティーなんてやるからこういうことになるのよ。
庶民にパーティーは似合わないわって言ってあげたかったです。

セリーナさんなら、言いそう(笑)。
でもね、ありがたいことに、セリーナさんみたいなタイプの人が、
その場で言ってくれたんです。
新婦側のお友達の女性が、バーッと前に出てきて、新郎に向かって、
「あんたが前に出てこの状況を止めるか、なんか言うとかしろよ」
と言ってくれて。
本当にありがたかったです。

そういう人がいてくれて良かった。

でも、そういう嫌なことって、人間、絶対忘れないんです。
嫌な思い出のほうが記憶に残るもの。
私がそのとき思ったのは、もう二度とこういう思いはしたくないということ。
もっと頑張ろうと思えたし、強くなれたと思います。

その気持ちわかります。
この間も、『MINE(マイン)』というファッション動画サイトの秦亜衣梨編集長と
能力開花』という記事で対談したときに、その話が出ました。
悔しい思いが、私たちを強くしてくれたよねって。
人は、苦労や失敗なしには、成功はないから。

そうそう。でも、良かったと思えるようになったのは、
それなりに時間が経ってからなんですけどね。ただ、辛い時期があったからこそ、
今お仕事があることに、毎日感謝することができていると思います。

(第2回に続く)