2019.04.23

SPECIAL TALKS

Vol.1

能力開花

元銀座No.1ホステスで、現在は実業家として様々な事業を展開している鈴木セリーナと、ファッション動画マガジン「MINE(マイン)」で編集長を務める秦 亜衣梨による、対談連載が、スタート! 初対面から意気投合したという2人が、仕事のこと、プライベートのことはもちろん、これからやりたい企画についてまで語り合います。
文=島野美穂(清談社)写真=関大介(世紀工房)

プロフィール

秦 亜衣梨
大学時代に始めたライターアシスタントの経験を活かして、フリーのライターとして本格的に活動開始。大学卒業後、女性誌『GLAMOROUS』(講談社)でフリーのエディターとして独立した後、女性誌『GINGER』(幻冬舎)の創刊メンバーとして参加。本誌以外に、モデル平子理沙のスタイルブック『Girls Girls Girls』や、菜々緒ポーズを生み出した女優、菜々緒の写真集『1028_24 菜々緒 超絶美脚写真集』、『菜々緒スタイルブック』の編集、執筆を担当。その後、CCCメディアハウスの女性誌『FIGARO japon』へ。アーティスト松任谷由実の連載を担当。2017年11月よりファッション動画マガジン「MINE(マイン)」の編集長を務める。
鈴木 セリーナ
大分県出身。幼少期から英才教育を受けお嬢様として育つ。16歳の頃、親への反発心からドロップアウト。年齢を隠して、地元クラブのホステスとなる。20歳の頃、「銀座のクラブのママになりたい」と夢見て上京。当時、テレビで有名だった銀座高級クラブ「F」で働く。相手の懐に飛び込むトークと物怖じしない性格が受け、たちまち人気ホステスとなる。その後、銀座老舗クラブ「江川」に引き抜かれ、売上ナンバーワンに。銀座ホステスを辞めてからは、主に文房具を扱う企画会社とタレントのキャスティング会社を起業。マルチクリエイティブプロデューサーとして、ビジネスの世界でも成功を収める。実業界から政界、マスコミ業界まで、様々な業界のトップクラスと親交が深いことでも知られる。

『おじ説』が繋いだ縁

お二人は現在、秦さんが編集長を務めるファッション動画マガジン『MINE(マイン)』で、一緒にお仕事をされているんですよね?

はい。私の著書、『おじさん取扱説明書』(以下『おじ説』)をベースにした動画を、『MINE』で配信していて、その監修を私がしています。
そもそも、私と秦さんを繋いでくれたのも、『おじ説』だったんですよ。

そうですね。

どういった経緯で、『おじ説』の動画配信をすることになったのでしょうか?

私の友人が転職し、『3ミニッツ』という会社に入社したことがきっかけで、『MINE』というサイトを知りました。ひと目見て、これはいいサイトだなと感じ、「会社に遊びに行ってもいい?」とお願いしたんです。

さすが、行動が早いですね……!

会社に遊びに行く際に、『おじ説』を持っていったんですが、それを見た友人が、「これは面白い本だから、ぜひうちの編集長に見せたい」と言ってくれて。そうして紹介された編集長が、秦さんだったんです。

私はセリーナさんとお会いする前に、『おじ説』を読んでいたのですが、すごく面白くて、私も「鈴木セリーナさんに会いたい!」と言ってたんです。

そうだったんですか!

本の内容が面白いのはもちろんのこと、『MINE』にとてもマッチしていると思いました。『MINE』では、女性のエンパワーメントを応援する企画を常に考えているのですが、『おじ説』はピッタリのコンテンツだと感じたんです。なので、ぜひともセリーナさんにお会いしたい!と思ったんです。

実際にセリーナさんにお会いしてみて、いかがでしたか?

お会いしたときの記憶は、今も鮮明に残っています。セリーナさんから、ものすごいエネルギーを感じたんです。

本当ですか? 嬉しいです。第一印象を聞くと、大抵みんなから「怪しい人」って言われるので(笑)。

それも含めてエネルギーなのかも。だから、お会いして、より一層「一緒に何かやりたい」と思いました。

ありがたいですね。第一印象を聞いて“怪しい”以外のワードが出たのは初めてです。

セリーナさんは、秦さんの第一印象をどう感じましたか?

今まで、たくさんのビジネスウーマンにお会いしてきましたが、秦さんみたいに柔らかい雰囲気の人は初めてです。

そうですか?

はい。私はなぜか、はじめて会う女性から、マウンティングをされることが多いんですよ。
この間も、ある会社に行ったら、そこの女性社員たちが私を見て、みんなクスクス笑うんです。「元No.1ホステスって何?」みたいな。

え、それってなんの笑いなんですか?

なんなんでしょうね。聞いてみたいけど聞けなかった(笑)。
ほかにも、ある媒体からコラムを書いてほしいというオファーがあって、そこの女性編集長のところまで打ち合わせしに行ったんです。そうしたら、会った直後にコラムの話が流れたりとか。

え、なんでですか?

きっと、気に入らなかったんだと思います。

そんなことがあったんですね。

こういうことがしばしばあるので、社会で活躍しているビジネスウーマンとは気が合わないといつも思っていたんです。紹介してくれた友人から、「秦さんはすごくいい人だよ!」と言われても、私は彼女に好かれる自信がないなと……。
なので、秦さんにお会いする直前も、「よし女性に会うぞ!」って、思い切り意気込んだくらいです。

そんなにですか(笑)!?

そうなんです。だから余計に秦さんの“受け入れる力”に感激しました。
会社を始めたばかりの頃は、取引先に行っては、泣いて帰ることがしょっちゅうありましたから。

その気持ち、わかります。私もセリーナさんと同じような経験をしてきました。女性の先輩方との打ち合わせで、なかなか自分の意見を伝えられず、トイレで悔し泣きして、編集部に帰れなかったことを覚えています。

秦さんにもそんな時期があったんですね。

でも、セリーナさんもそうだと思いますが、そういう経験があったからこそ、頑張れたというか。見返したいとか、早く一人前になりたいという気持ちが、モチベーションに繋がったと思うんですよね。

  • 私、悔しさからくる怒りのパワーってすごく大事だと思うんです。アンガーマネジメントといって、怒らないようにする自己啓発講座もあるらしいんですけど、怒りを抑えてしまっては何も生まれないというのが持論です。
  • はい。私自身、仕事でもプライベートでも、たくさん回り道をしてきたので、悔しさを感じることも人一倍ありました。
    ただ、今振り返ると、そんなに遠回りしなくても良いのにって、思うんですけどね。

秦さんは、最初から出版社に就職されたわけではないんですよね。

そうです。ただ、昔から雑誌の仕事がしたい、という気持ちは持っていました。

そう思うようになったきっかけは、なんだったんですか?

中学生のときの失恋です。かなり年上の人に片思いをしてたんですけど、叶わなかった。子供の恋愛なんですけど、当時の私にとっては、大失恋といえるような経験でした。当時、創刊されたファッション誌があったのですが、それを買ってきてお風呂の中でボロボロ泣きながら読んでたんです。もう辛すぎて。そうしたらある見開きのページがあまりにも美しくて、一瞬涙が止まったんです。モデルさんは、今も覚えています。当時活躍していらっしゃった黒澤優さん。カメラマンは熊谷隆志さんです。

そこまで覚えてるなんて、相当強く印象に残っていらっしゃるんですね。

悲しいはずなのに、単純に「この服可愛い」とか、「このモデル可愛い」と思っている自分がいました。そのとき、「雑誌の力ってすごいな」と思ったんです。こんなに人をポジティブにできる雑誌を、私も作りたい! って。

中学生のときにですか!? すごいですね。

それからはもう、雑誌を買い漁る日々です。月に10冊は読んでいました。きっと、世界で一番、雑誌が好きなのは私なんだから、私こそ雑誌を作るべきだと本気で思ってました。若いときって図々しいですよね(笑)。

それからどうしたんですか?

大学に入ったタイミングで、いろんな人に「雑誌の仕事をしたい!」と触れ回っていたんです。そうしたら、たまたま、出版社の編集部でライターのアシスタントをしている友達がいて、「ちょうど編集部で人を探してたから紹介できるよ」と言われて、編集部でアシスタントを始めました。19歳のときです。

その熱意や行動力がすごいですよね! 私は、中学生のときに雑誌を作ろうなんて、そんな大きな夢は抱けませんでした。地方で暮らしていたというのもあって、雑誌を作るというのは、別世界のことのように感じていたと思います。
あとね、私も秦さんと同じように、教育実習の先生に、恋とかしてたんですよ。彼の寮に電話したりね。小学生のときですよ。

小学生で先生に恋して電話しちゃうなんて、それはそれですごいですね(笑)!

でも所詮、片思いですよ。小室哲哉さんの曲を聴きながら、「私の恋は叶わないんだ……」と浸ってみたり(笑)。秦さんのように、雑誌を読んで世界が変わるような経験はなかったです。

同じ世代だけど、まったく別の場所で、それぞれ違うことを考えて成長してきたんですね。

でも今こうやって、一緒にお仕事をしていることが不思議で面白いですね。

(第2回に続く)