profile

鈴木セリーナ

大分県出身。幼少期から英才教育を受けお嬢様として育つ。15歳の頃、親への反発心からドロップアウト。年齢を隠して、地元クラブのホステスとなる。20歳の頃、「銀座のクラブのママになりたい」と夢見て上京。当時、テレビで有名だった銀座高級クラブ「F」で働く。相手の懐に飛び込むトークと物怖じしない性格が受け、たちまち人気ホステスとなる。その後、銀座老舗クラブ「江川」に引き抜かれ、売上ナンバーワンに。銀座ホステスを辞めてからは、主に文房具を扱う企画会社とタレントのキャスティング会社を起業。マルチクリエイティブプロデューサーとして、ビジネスの世界でも成功を収める。実業界から政界、マスコミ業界まで、様々な業界のトップクラスと親交が深いことでも知られる。

頼朝(ヨリトモ)

プロデューサー、日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
元歌舞伎町ナンバーワンホストとして、ホスト業界の礎を築く。
引退後は広告代理店をはじめ、ファッション、スタイル誌「NINE CONTINUE」プロデューサー、商品プロデュース、飲食コンサルなど、幅広い分野で活躍。
シャンパーニュ好きが高じて、シャンパーニュオブザイヤーの予選審査員も務める。

02

めずらしく“夜の仕事”の話し Vol.02

鈴木セリーナ
前回は私の話を中心にしたので、今回は頼朝さんについて、根掘り葉掘り聞いていきたいと思います。さっそくなんですけど、頼朝さんのホスト現役時代についてお聞きしたいです。
頼朝
いいですよ。なんでも聞いてください。
鈴木セリーナ
そもそも、どうしてホストになったのかというところから。元々はサラリーマンをしてらしたんですよね?
頼朝
そうです。僕は法政大学法学部を卒業したあと、新卒でプロミスに入りました。ちょうど、バブルがはじけた直後で、今以上に求人が減っているとき。そんな中で急成長していたのが消費者金融だったんです。初月のボーナスも60万円と、当時にしては破格でしたね。でも1年で退職しました。
鈴木セリーナ
随分早いですね。
頼朝
じつは僕、学生時代からの借金が600万円あったんです。その返済のために、大学時代からホストのバイトを始めました。会社員になってからも給料だけでは足りないので、そのままダブルワークとして続けていたんです。
鈴木セリーナ
差し支えなければ、600万円の借金の詳細を教えていただきたいです。
頼朝
理由は単純で、遊び代がかさんでの借金です。いい服を買いすぎました(笑)。あの頃僕らの遊び場といえば、ジュリアナ東京。そこに行くためにベルサーチなどのハイブランドの服を、マルイの36回払いで買っていました(笑)。
鈴木セリーナ
聞いたことがあります。その昔、マルイカードは、多くの若者を魅了したとか。
頼朝
そう。僕もあのシステムにズボッとハマってしまった一人です。結局、カードの支払いが追いつかず、お金を返すために、別の金融会社からまた借りるという悪循環でした。学生だったにも関わらず、7社くらいから借り入れしてましたからね。なので、プロミスの入社面接のときに、「こんな風に金融会社を利用しています」と言ったら面接官から喜ばれました。「よく知ってるね」って(笑)。
鈴木セリーナ
事は見る目があったということですね。だって最高の顧客にして最高の営業マンじゃないですか。それから、会社員を辞めてホスト一本に絞ったのはどうしてですか?
頼朝
ここまで育ててくれた親に対して、大学を卒業し、一部上場企業に入るというのは、自分なりの恩返しでもありました。筋を通すために会社員として1年働いて、そのあとは自分の好きなことをしよう決めていたんです。そこで新たな目標になったのが、ホストクラブでNo.1を取るということ。結果として会社を辞めて、フル出勤をするようになってから、3ヶ月後にNo.1になりました。
鈴木セリーナ
3ヶ月!私と一緒!私が聞くのもなんですが、何かテクニックのようなものがあったんでしょうか?
頼朝
テクニック…というよりも、名前を変えたことが、流れを良くしたのかも。
鈴木セリーナ
つまり最初は「頼朝」という名前ではなかったということですか?
頼朝
そうなんです。僕、バイト時代は「南頼朝」という名前でやっていました。苗字があったんですよ。でも、みんな頼朝としか呼ばないから苗字は取ってもいいかって。それで「頼朝」だけの新しい名刺を作ったんです。その直後からでしたね。僕にとってエース的存在※になるお客様たちに次々出会ったのは。その方々の力もあってNo.1になれました。※そのホストにとって、最もお金を使ってくれるお客様のこと。</span
鈴木セリーナ
面白い話ですね。ところで先ほど、エース級のお客さんがいたとおっしゃっていましたよね。何人くらいいらっしゃったんですか?
頼朝
一人絶対的なエースがいて、その下に3人くらいという形でしたね。生粋のお金持ちの人もいれば、水商売とか風俗の子もいました。でも、エース級のお客様とだけ仲良くしていてもダメなんです。ホストは月に一回来るお客様にどれだけモテるかが勝負なので、お客様は常にたくさんいましたよ。
鈴木セリーナ
その中に男性のお客様もいらっしゃったんですね。
頼朝
そうです。男性客の関係性を良くすると、別のグループで飲みに来てくれたりするので、大事にしていました。
鈴木セリーナ
そうしてNo.1になった頼朝さんが、その後ホスト界に数々の偉業を打ち立てたのは言うまでもないですよね。頼朝さんが築いたホスト文化は、いまだに歌舞伎町に残っていると聞きます。そんな一時代を築いた頼朝さんが、ホストを引退したのは、何がきっかけだったんですか?
頼朝
もともと、10年現役をやったらホストを辞めると決めていたんです。なので、引退は自然なことでした。だから、ホストとして働いている間は、本当に死ぬ気でやっていましたね。
鈴木セリーナ
そうだったんですね。現役時代は男女問わずいろんなお客さんがいらっしゃったと思いますが、頼朝さん個人の女性のタイプを知りたいです。
頼朝
うーん…絵文字みたいな顔の子ですね。
鈴木セリーナ
絵文字!? 今、絵文字っていろいろありますよ?(笑)
頼朝
わりとスタンダードな絵文字。初期設定にありそうなやつです。何が言いたいかと言うと、ニュートラルな表情の人に惹かれるんです。僕の顔が癖が強いからかな。仏さんみたいな顔が理想ですね。
鈴木セリーナ
性格はこういう人がいいとかありますか?
頼朝
おっとりした人がいいですね。個人的にはO型の人はマイペース過ぎて合わないなって思ったりしています。自己主張のあるB型の人のほうが、まだ受け入れられるかな。自分のスタイルを信じ切ってる人って格好いいですよね。僕はこう見えて結構バランスを取ろうとするタイプなので。でも最終的には似たもの同士のほうが居心地はいいんですよね。成長はないかもしれないけど。
鈴木セリーナ
現役時代の貴重なお話をたくさんお話していただき、ありがとうございます! 次回は最近の活動や事業についてお伺いしたいと思います!